つぶやき・爪を切る
昨日思い切って爪を切った。
爪を切ったといっても、猫の爪
ではない、鷹の爪
でもない。ましてや妻の角(つの)であるわけがない![]()
実に20数年ぶりに自分の右手の爪を切った。しかも俗に「深爪」と言われる程短く。20数年ぶりに切ったということは、じゃあ右手の爪は数メートルにも伸びていたのかというとそんなことはなく、いつもサンドペーパーで磨いていたのだ。
何故か?
これは余り知られてはいないが実はオイラはピアニストになる前はギタリストだったのだ。オイラ自身も昨日爪を切るまで、自分がギタリストだったとは知らなかった位、一部の人にしか知られていない事実だ。
ギタリストにとって右手の爪を切るということは、たとえて言うならば画家が絵筆を折るようなものであり、妻が権力の座を降りて自分で洗濯物をたたむようなものである(画家が絵筆を折ることはあっても、妻が洗濯物をたたむことは絶対にあり得ない)。
中学生の時から昨日まで永遠の「天才的永久初心者ギタリスト」として家の中で大評判(=耳障りだ、引きつけを起こす、下痢になる、便秘する、洗濯物が片付かない)だったのだが、ついにギタリストとして正式にデビューする前に廃業することにした。それに代わりヲヂサン·ピアニストとして華々しくデビューすることにしたのだ。但しデビューはブログだけで済ませておこうと思っているのだが。
右手の爪を切ったのはつまりこういうことだ。
ギタリストとしての名声を捨て、夥しい慰留と哀訴(怨嗟?)の声に耳を塞ぎ、我が退路を自ら断ち、背水の陣を布き、不退転の決意をもってピアニストとしての地位をゆるぎないものにする。その偉大なる決意と崇高なる目標を、ただ「爪を切る」という行為に凝縮せしめたヲヂサン50年の人間の深さを感じさせ、ひいては日本人の持つ「侘び」「寂び」の世界にまで通じるものがあると言ってもよいであろう。
妻は洗い物や洗濯物たたみの邪魔にならないように爪を短くしたと思っているようだ。なる程こちらの方が実用的で大変結構だわいと、今洗濯物をたたみながらあらためて気がついた。
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